ケーキ屋は閉店後 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-24

[]救われないのが我が望み 救われないのが我が望み - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク


ぐるぐると夜の中に気持ちが落ち込んでいく。

ちょうどそのとき、電話をかけてきたひとがいた。

ロイさんが大丈夫かな、と思ったから。気になったから。助けになりたかったから。

耳に優しく響く声を聞きながら、私は礼を述べる。

ありがとう


ありがとう


私が泣いていたのは本当で、だからこそそんなときに、そんな理由で電話をくれたことにはとてもとてもびっくりして、これはナニカを推し進める決定的な第一歩になるのかもしれない、と思ってしまうけど。


私は本当に救われたかったのだろうか?

親切なダレカ、思いやりがあって私のことを考えてくれるダレカに、この手を引かれたかったのだろうか?


違う。

ような気がする。


私は一人きりどこまでも落ちていきたかったような気がするし、一人でも浮上できる自分を見たいと、強く願っていた。それができる自分を知っているつもりでいた。

私は浮上する。私は前を向く。私は歩き出す。自分一人の力で、ソレが出来る。

そういう自分を、信じさせてくれ。


もちろん助けを貰えたことには感謝しているし、カラダが舞い上がるように軽くあたたかくなったのも本当だけれども。


私が一人で浮上する力を奪ったりしないで、一人で落ちていく過程を途中で止めたりしないで、なんて思ったりするこの私は本当に手に負えない、厄介な人間なのだろう。

2006-12-16

[]ゆっくりと12月のあかりが灯り始め ゆっくりと12月のあかりが灯り始め - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク


もうすぐ今年も終わる。終わってしまうのだなあと思う。


今年は私にとって、今までの人生で一番いろんなことがあった年だったように思う。

あたしは今すぐ目の前のベランダから飛び降りたほうがいいんじゃないかと思ったことが五回くらいあって、あの瞬間は本当に怖かった。

気持ちは奇妙に落ち着いている。スーパーにんじんを手にとって、かごに入れるかどうか迷うときと同じくらいの何気なさで、ベランダの手すりを乗り越えることの是非について、私は考え込んでいた。

結局、立ち上がって窓に歩み寄り、更にその窓を開けて、ベランダの手すりに手足をかける、その過程と労力を考えただけで、私の気持ちは挫けてしまった。

なんせあのときの私は、ベッドに横たわったままぴくりとも動けず、かといって眠りに落ちそうになるとその瞬間に胸の奥から真っ黒な不安と恐怖のかたまりがわき上がってくるので眠ることも出来ず、ただただ窓ガラスの向こうの空を眺めて過ごしていたのだから。

そういうことが、一度ならずあった。今年はそういう年だった。


電車の中。

私の顔を、周囲の人々がぎょっとした顔で覗き込むので、何が起きたのか疑問に思って頬に手をやり、そこで初めて自分が泣いているのに気付いたことがあった。

泣きやまなくちゃ、そう思っているのに、涙は決して止まらず、そのうち何もかもがどうでもよくなってしまったことが。

みんなにじろじろ見られるくらい、何の問題でもない。本当の問題というのはもっと他にあって、それは本当の本当にどうしようもなくて、それに比べればこんなのどうだっていいじゃない。

私は自分がそういうものの考え方をすることがあるのだと、初めて知った。


今年はそういう年だった。

楽しいこともたくさんあったよ。嬉しいことも、幸せなことも、たくさんたくさんあったよ。

ただまあ、今年はそういう年だった。

そのくらいのこと、あなたは判っていると思ったのにね。

2006-12-15

[]嘘でもポジティブ、本気でネガティブ 嘘でもポジティブ、本気でネガティブ - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

率直で明るくてあけっぴろげで、いつもニコニコしている正直でわかりやすいひと。

というのが私の目指している人物像なのだけれども、実際にはそこには一つ矛盾があって、本当にどこまで正直であけっぴろげなひとならば、ネガティブな感情だって、そのまま周囲に洩れだしていくはずなのよね、というのがそれ。


「いつも楽しそうで上機嫌だよねえ」

とよく言われるけれども、どんな人間だって、「楽しく上機嫌」にだけ生きられるわけないじゃない。

もちろん、私は出来るだけそういう風に生きるよう努めている。

楽しいことを考えて、綺麗なものを見て、美味しいものを食べて、好きなものを好きって、正直に口に出して。そうすれば気持ちを上向きに保つことがたやすいから。

けれどやっぱり、それだけじゃいられないよ。それだけじゃ。


だけどネガティブな自分はかっこわるくて嫌だから、やっぱりニコニコ笑いながら、すべての不快な出来事は笑い話として処理してしまうのだけど、そんなことをしていたら

「泣いてもいいんだと思うけど」

とひとに言われて、その瞬間に目頭がじわあっと熱くなって、ああ自分はこんなにも泣きたかったのだと知った。