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2006-12-15

[]嘘でもポジティブ、本気でネガティブ 嘘でもポジティブ、本気でネガティブ - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

率直で明るくてあけっぴろげで、いつもニコニコしている正直でわかりやすいひと。

というのが私の目指している人物像なのだけれども、実際にはそこには一つ矛盾があって、本当にどこまで正直であけっぴろげなひとならば、ネガティブな感情だって、そのまま周囲に洩れだしていくはずなのよね、というのがそれ。


「いつも楽しそうで上機嫌だよねえ」

とよく言われるけれども、どんな人間だって、「楽しく上機嫌」にだけ生きられるわけないじゃない。

もちろん、私は出来るだけそういう風に生きるよう努めている。

楽しいことを考えて、綺麗なものを見て、美味しいものを食べて、好きなものを好きって、正直に口に出して。そうすれば気持ちを上向きに保つことがたやすいから。

けれどやっぱり、それだけじゃいられないよ。それだけじゃ。


だけどネガティブな自分はかっこわるくて嫌だから、やっぱりニコニコ笑いながら、すべての不快な出来事は笑い話として処理してしまうのだけど、そんなことをしていたら

「泣いてもいいんだと思うけど」

とひとに言われて、その瞬間に目頭がじわあっと熱くなって、ああ自分はこんなにも泣きたかったのだと知った。

2006-09-11

[]あの頃からずっと あの頃からずっと - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

手を伸ばせば触れられる距離にいるひとが、酷く遠い。

遠いからこそ今も一緒にいられるのだということも、わかっているけれど。


[]それも私 それも私 - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

ストイックだと言われて、そうかもしれない、と返す。

確かに私には、抑え込んでいるものがたくさんあるから。


抑え込まなければならないと思っていたし、解放してはならないと信じていたし、それを自由にした瞬間に、大切なものをなくすのだと確信していた。


だけどそう、抑え続けたのに私は、喪失の苦しみを味わった。

自分を律するということにどんな意味があったのか、わからなくなってしまう。


以前の自分なら考えもしなかったことが、頻繁に頭をよぎる。

愚かになったのかもしれないし、自由になったのかもしれない。

あるいは両方か。

2006-08-30

[]涙をせき止める 涙をせき止める - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

泣いてもいいことがあったのだ。

泣かずにはいられないようなこと、もしそんなことが我が身に起こったら、と想像しただけで涙がにじんでしまうようなことが、本当になったのだ。


そして私が発見したのは、自分は少しも泣けないということだった。

息苦しくなり、まぶたが震える。

こみあげてくる嗚咽、しゃくりあげ、私は泣き出そうとした、何度も。


昔なら、と思う。

それも遠い昔のことではない、たとえば一年前の自分なら、私はここで、そのまま泣き出していたはずだと思う。

子どものように声をあげて、涙をぽろぽろとこぼして、洟をすすっていたはずだと思う。

泣けば泣くほど悲しくて、しゃくりあげなら延々と泣き続け、やがて少しずつ涙は止まり始め、私は自分の胸が、少しばかり軽くなっていることに気付く。

涙の効用というのは、あるのだ。

その証拠に、涙はあたたかくて、頬を伝うとき、少しばかり気持ちいい。あたたかな優しい手に、撫でられているような錯覚


他人の前で泣くのは、嫌だと思っていた。涙を流して憐れまれるほど、みっともないことはないと思っていた。

思っていた? 違う。

未だにそう思っている。実際私は、他人の前では泣かない。泣けないのだ。

目の前に人がいる、そう思うと私は、陽気な顔で、笑ってしまう。それはもはや、不自然な笑みですらない。


みっともないと思われるようなことをしたくないと思ってしまう。

こんなことで愛想尽かされるのは嫌だと思ってしまう。


けれど昔の私だって、部屋で一人きりになれば涙を流すことは出来たのに。


涙が盛り上がってこぼれおちる瞬間、喉の奥から泣き声がこみあげてくる寸前、それを押さえつけてしまう私がいる。

そして私は気付く。

私は私のことを、もはや信じていないのかもしれない。


泣き出した私に、泣きじゃくる自分自身に、愛想を尽かさないでいられる自信がない。

みっともない自分を、見放さないでいられると思えない。

泣いて泣いて、泣き続ける自分に、私自身がうんざりしたら。

こんな愚かでどうしようもない女からは遠ざかりたいと思ったとしたら。


そこまで考えて私は、自分がベランダの窓の外をぼんやりと眺めていることに気付いた。

この下には、と思う。

この下には確か、ブロックの目隠し塀があって、針金が突き出ていた筈。

だからここから落ちるのはまずいのよ、針金が刺さるのなんて、いかにも痛そうだし、見た目にもグロテスクだもの。


そして目線は、天井に上がる。

この上には、と思い出す。

屋上があるんだった。このアパートの良いところは屋上があることで、屋上へ上がる階段は、部屋を出たすぐ傍にある。

煙草を吸いながら屋上を歩き回って、どこから降りるのが一番いいか探す方が、ベランダから闇雲に落ちるよりは、ずっとマシよね?


もちろん、どちらもしないけど。

だって私は、死にたいわけじゃないから。

この部屋には一人、間抜けでみっともない、どうしようもない女がいて、しかもその女は今にも泣き出しそうで、私はなんとか、この女の泣き顔を見ずに済むようにしたいだけなんだ。

そのために死ぬなんて、あまりにも大げさすぎる。

たった三階建てのアパートじゃ、屋上から飛び降りたって、死にはしないだろうけど。怪我をするだけで。だけどそれでも大げさすぎるのは変わらない。


もうしばらく、がんばろう。

なんとかして、自分をもう少し、好きになろう。

泣いている自分に愛想尽かしせずに済む程度の感情を回復させよう。

そうすれば私は、また泣けるようになるかもしれない。涙の効用を、味わうことができるかもしれない。


それまで今抱えている痛みは薄れることも減ることもなく、涙に洗い流されずにただそこにあり続けるのかもしれないと思うと、少しばかり気が遠くなるけれど。

2006-06-27

殺人者の思い出 殺人者の思い出 - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク

ちょっと最近、思うところあったことを、ばばっと書きます。

このへんとか、

http://d.hatena.ne.jp/MIZ/20060626/p1

このへんの話を読んで、

http://nnri.dip.jp/~yf/momoka.cgi?op=readmsg&id=1319

思い出したこと。


ああ、あとこのへんのことを考えるきっかけにもなったことです。

http://d.hatena.ne.jp/white_cake/20060624/1151111589


十年近く前の、ある曇り空の日。

自転車で十分ほどのショッピングモールで買い物をしていた私は、見知らぬ外国人男性に、声を掛けられました。

最近引っ越してきたばかりで、地域のことが何も判らない。買い物をどこですればいいとか、どんな場所に遊びに行くと楽しいとか、教えて貰えないか」

そんでまあ、私は親切に応対しました。すると彼は嬉しそうな顔をしました。

「自分は日本語はできるのだが、日本人に『ガイジンだ』という理由で敬遠されるので、友人も出来ず、とても寂しかった。あなたは引っ越してから一番親切に対応してくれた日本人だ、本当にありがとう。できればあちらのベンチに座って、少しおしゃべりに付き合って貰えないか」

そしてまあ、私は暇だったし、孤独外国人男性が気の毒に思えたので、ベンチに座り、おしゃべりに付き合いました。


その後。

私が立ち上がってショッピングモールを出ようとすると。

外は土砂降りの雨でした。

呆然と立ち竦んでいる私を見て、外国人男性は気の毒そうな顔をしました。

「自分は車で来ているから、君を家まで送っていってあげるよ」

私が断ると、途端に彼は悲しそうな顔になりました。

「せっかく君とはトモダチになれたと思ったのに、敬遠されずに済むと思ったのに、どうして? ぼくを信じてくれないの?」

押し問答は続き、そのうち私は根負けして、彼の車に乗せられてしまいました。

なんて愚かしい、あの日の私。

本当は車に乗る前から、少しずつ、嫌な予感がしていたのに。

目の前にいる人間の機嫌を損ねたくないばかりに、偏見のない日本人としての良い印象を抱いて欲しかったばかりに、私は生涯でもっとも、分別のない振る舞いをしました。


「何もせず家に送る」という約束はあっさりと破られ、私はそのまま、どこだかわからない、人気のない場所に連れて行かれました。

誰も通りかかることのない細い道の路肩で車はとまり、その頃には世間知らずの田舎モノの私にも、これから何が起こるのかはかなり正確に想像がついていました。

私は男性に気付かれないようにドアのロックを外し、ドアハンドルに手を掛けて、いつでも車の外に飛び出せるようにしていましたが、その一方で、こんな場所で外に逃げ出しても、誰かに助けを求めるわけにもいかず、何の役にも立たないことが判っていました。


それから何が起こったか。


もしも彼が強硬な態度に出れば、結局自分は彼の求めに応じてしまうだろうということを、私は理解していました。

暴力は怖い。力では絶対にかなわない。殺されたくない殺されたくない殺されたくない!

最後には私はおとなしく従うだろう、殺されるよりはそのほうがマシだと思ってしまうから、暴力で思い通りにされるくらいなら、おとなしく言うことをきいてその場をやり過ごすほうがいいと判断してしまうから、ああだけど嫌だ嫌だ、なんて弱い自分、なんて愚かな自分、なんて許し難い自分。そしたらそれは、レイプにすらならない。彼を糾弾する権利を、私は失う。

私は嫌なのに、嫌だと思っているのに、こんなに怖くて嫌な思いをしているのに。

でもここで彼が私を殺すのはとても簡単なこと、そのまま逃げ延びるのも簡単なこと、死ぬのは嫌だ、生きて帰りたい! 死にたくない!!

私はこのひとの慈悲にすがるしかないのだ。なんて惨めな。


せめてノーと言おう。戦うことはできなくても、知恵を振り絞ろう。自分の気持ちを相手に伝えよう。機嫌を損ねないで済む範囲で。


そう考えた私はそのとき、生涯でもっとも懸命に「話し合い」をしました。

頭脳は煙をあげそうなほどのフル回転、目前の相手の感情と思考を読んで読んで読み続け、言葉をあれほど真剣に使ったことはなく、穏やかに、けれど強硬に、自分の意志を主張しました。

私は彼の要求を拒否しつつ、彼の機嫌をとり続けました。時には媚び、時にはへつらい、心にもない世辞を言い、そんな自分の卑屈さが吐き気がするほど嫌でしたが、それでも話し続けました。


話している間に何回か、瞼の裏に、ドブの中に転がっている自分の死体が横切りました。


どんなに懸命に話し合っても、相手が本当にどうしようもない悪人であれば、それこそ連続殺人犯のような心根の人間であれば、結局自分が打ち負かされてしまうことはわかっていました。

それでもおそらく、今目の前にいるひとは、そういう人間ではないはずだ。そう考えろ、そう思え、そう信じろ。

なんとかして、誤魔化せ。


「今は駄目。初めて会ったひととは駄目。でもあなたのことは好き。だから、また会ってちょうだい。連絡先を教えてくれれば、必ずこちらから電話するから」

私はそう嘘をつき、彼はそれを信じました。


私は幸運でした。

彼は最後には諦めたように肩をすくめ、私は解放されたのです。

最後に手のひらに押しつけられた彼の連絡先のメモを、私は数日後に捨て、全てはそれで終わったように思えました。


二年後。

私の大学の後輩が、入学したばかりの女性が、殺されました。

1999年川俣智美さん殺害事件です。

http://www.fujitv.co.jp/supernews/special/toku1208.html


彼女は最後に外国人男性と共にいるのを目撃されており、その外国人男性の似顔絵が作成されて、ニュースで流されました。

私はそれを見て、愕然としました。

似顔絵の男性は、以前私を車に乗せた外国人男性と、よく似ていたからです。


私はそのまま家を飛び出し、車に乗って、以前自分が車で連れて行かれた場所を探しました。

ぼんやりとした記憶を辿りながら、確かこっちのほうだったはずだと思える方向に向かって車を走らせ続け、やがてなんとなく見覚えがあるような気のする場所に通りかかったとき。

私の車は、とめられました。


警察官が不機嫌そうな顔で車をのぞき込み、言いました。

「あなたここで何やってるの? ここはね、この間、大学生が殺された事件があったでしょ。あの死体発見現場の近くだから、封鎖されているんだよね」


背筋が冷たくなるというのは、ああいうことを言うのでしょう。


車に乗り込んだあの日の自分の愚かしさを、私は何度となく呪いました。

戦えなかった自分、戦おうとしなかった自分の不甲斐なさを、幾度となく、罵りました。

日本法律では、女性が懸命に、それこそ命を賭して抵抗しない限り、和姦とみなされることが多いのだということを、私は知っていましたから。

逃げるために嘘をついた自分は薄汚い存在のように思えました。


ですが。

「これは、もしかして……戦わなくてよかった、機嫌をとり続けてよかったということなのか? あの場では嘘をつくことが正解だった? 川俣智美さんはもしかして、戦ったのだろうか?」


答えは誰にもわかりません。

事件は未だに解決されていないのですから。


ただ、世の中にはそういうことがあるのだろうな、ということは私にもなんとなく判ります。

戦うことで命を失った女性は、おそらく大勢いるのです。


私にはあのとき、自分が戦って死んだ方がよかったとは思えない。殴られ、傷つけられればよかったとも思えない。


すべての女性に対してそう思います。それでも生きていてくれと。できるだけ無事に、傷つかずに、生き延びてくれと。


屈することで命を拾えば、恥辱の歴史となるのかもしれない。

それでも生きていて欲しいし、それは実際にはあなたの恥ではないと、私は思うのです。

ノーと言うことは大事だと思います。

けれどそれが相手に伝わらないときはあるのです。そのとき安全な道を選ぶことを、誰が責められましょう。


ノーという言葉の持つ意味が、常に正しく伝わることを、私は望みます。

ですが、現実がそのようにうまくいくとは限らないことを、無数の事例が教えてくれます。


屈したことのある女性たちが、自分を責めずに済むように、私は祈ります。

ふじさわふじさわ2006/06/28 09:07> 「これは、もしかして…戦わなくてよかった、機嫌をとり続けてよかったということなのか? あの場では嘘をつくことが正解だった? 川俣智美さんはもしかして、戦ったのだろうか?」
「戦う」って、相手と腕力で戦うだけじゃ、ないんじゃないかなと思いました……。相手と戦う前に、人は自分と戦うものですよね。「どうすべきか、自分はどうしたいのか?」って。でもそこで、多くの人は諦めがちだと思うんです。「自分には無理だ。下手に逆らったら余計酷い目にあうかもしれない」って。たとえば、痴漢の被害で泣き寝入りをしてしまう女の人は、そういう思考に陥りがちなんじゃないでしょうか。
そういうのって、自分に負けてるんじゃないかなと、ぼくは思うんです。声を出す勇気を持てない気持ちは分かるんですけど、でも、自分が変わらなきゃ、いつまでたっても泣き寝入りで悔やしい思いをすることになります。勇気を持てないというのは、自分で自分を傷付けることだと思うんです。
それでね。元の話に戻って、「戦わなくてよかった、機嫌をとり続けてよかったということなのか?」とおっしゃってるところ。ぼくは逆だと感じました。white_cakeさんは、そのときご自分と戦われたんですよね。勇気をもって、最善の策は何か、自分にとって何が一番嫌なのかをちゃんと考えられたんだと思います。
その勇気は、うらやましいし、いいなと思います。「逃げるために嘘をついた自分は薄汚い存在」って書かれてますけど、とんでもないです。white_cakeさんは、自分に嘘をつかなかったじゃないですか。それは、なかなかできることじゃないです。強いです。薄汚くなんかないですよ。みな弱くて、自分に嘘をついちゃうのに。
white_cakeさんがおっしゃるように、ぼくも女の人たちには、できるだけ傷付かない方法で、生きてほしいと思います。弱くたっていいし、逃げても汚れてもいい。とにかく、できるだけ傷付かずに生き延びてほしい。……でもその一方で、white_cakeさんが難を逃れられたような強さを、彼女たちも持てないかなと思うんです。white_cakeさんは、諦めずにご自身と戦われたからこそ、無事だったんじゃないかなって。
そういう生き方のほうがきっと楽しいですよね。もし可能なら、もっと女の人たちがそういう生き方をできるといいなと思います。

white_cakewhite_cake2006/06/29 02:01>ふじさわさん
たいへん真摯なコメントをいただきました。ありがとうございます。
興味深く読ませて頂きました。
いろいろなことを考えるきっかけにもなったのですが、その考えたことを、どうまとめればいいのか、ちょっと今混乱しています。
うーん、難しいなあ。どう言えばよいかなあ……
えーと、私は確かに、外国人男性とセックスしなければならないとしたら嫌だと思いました。
ですが、それ以上に嫌だったのは「殺されること」と「傷つけられること」です。私にとって、命と安全は、常に貞操に勝ります。
私が彼にとりあえずノーという意志を伝えたのは、命、安全、貞操の三つをもしかしたら拾えるかもしれないと期待したからで、もしもそれがうまくいかないことがわかれば、身体を差し出さなければ命と安全すら危ういのだと思えば、おとなしく相手の言うなりになったと思います。
相手がもっと暴力的で、ノーという答えが男性を逆上させるかもしれない、それによって自分が傷つけられるかもしれないと判断すれば、私はノーと言わなかったかもしれません。だって、怖いですから。
そしてまた、私が彼に対して嘘をつけたのは、彼が見ず知らずの人間で、その後自分の嘘が追求される恐れがなかったからです。
私が助かったのは、私が自分と戦ったからというのが最大の理由ではありません。
私が幸運だったからです。
相手の暴力性がそれほどのものではなかった。
私の演技や嘘が、相手を騙せるだけのものであった。
相手を騙してその結果どう思われたとしても、接点のない人間だから、構わなかかった。
それらの要素を考え合わせた上で私は、「ノーと言って助かる道を探る」という判断を下せたのであって、どれかの要素が食い違っていれば、それこそ私はこびへつらい、相手の機嫌をとり続けながら、身体をさしだしていたかもしれません。
喜んでいる演技をしたかもしれません。そうすることで、安全が手にはいるのであれば。
レイプの難しいところは、そこだと思います。
ノーという答えは、相手の気持ちを傷つける可能性がある。
力で抵抗すれば、押さえつけられて終わるし、かつ「抵抗された」という事実がさらに相手を逆上させ、暴力性をエスカレートさせる危険がある。
命と安全を手に入れるためには、相手を傷つけたり、逆上させることは、ないほうがよいのです。相手の機嫌をとることができれば、それだけ生存確率は高くなるのです。
自分がどれほど嫌な思いをしているとしても、強姦ではなくこれは和姦であると相手に思わせた方が、安全なのです。
デートレイプの場合、相手が知人であるからこそ、よけい相手の気持ちを損ねたくないという気持ちが働きますよね。
知人を怒らせたり、知人に嫌われたりすることは、実生活に大きな害を及ぼしますから。
「なぜきちんと嫌だと言わなかった」
「戦って抵抗しなかった。そうすれば、相手だって本当に嫌がっているのがわかっただろうに」
という考え方をする男性は、とてもまともで素晴らしい方なのだと思います。
相手が本当に嫌がっているのがわかれば性行為を無理強いしない、それが当然だと考えている、そういう男性だからこそそのように思うのでしょう。
ですが、実際の世界には、そのようなものの考え方をしない人間が大勢いて、相手が嫌がっていようがいまいが、自分の要求を満たすことこそが第一であるという基準で生きていたりするんですよね……悲しいことに。
まともな男性が数多くいらっしゃることを知っているからこそ、まともでない人間の存在が悲しいです。
私は、泣き寝入りをすべきだとは思いませんし、レイプされそうになったとき、易々と屈するべきだとも思いません。
まず最初に、ノーという意志を伝えるべきだと思います。
嫌だったのに身体を差し出したという記憶は、自己を深くむしばみ、自分を傷つける結果になるだろうと思うからです。その点では、ふじさわさんと同じ考えです。
泣き寝入りも一緒ですね。どちらも、自分の弱さで自分を傷つけることになると思います。
ですから私は、そういった事態に直面したとき、泣き寝入りせず、せめて「ノー」と言える人間でありたいとは思っています。
思っていますが、必ずそうなれるかどうかは、わかりません。その場にならなければわからない。
勇気を持って戦えば無事で済むわけではないし、なにより大事な命を拾うためには、「戦わない」という選択肢が、非常に現実的である場合も多いと思うのです。
それでも、おそらく屈した人間は、自分を責めることになるでしょう。
一番悪いのは、「ノー」という言葉を聞き入れなかった人間なのに。
私が助かったのは、私が勇敢で自分と戦える人間だったからというのが最大の理由であるとは思いません。
私は幸運だった。それが最大の理由です。
運がもうすこしでも少なければ、結局私は助からなかったはずです。
まとまらないコメントでごめんなさい。
今はこれが精一杯です。後日、記事でまとめる可能性もありますが、今ちょっと時間的余裕がないんだよなー……

ふじさわふじさわ2006/06/29 21:17こちらこそ、丁寧にお返事をありがとうございます。……ちょっと悲しくて、分かりたくないですけど、分かりました。ぼくが戦え戦えって言って、シロイさんが嫌だ嫌だと言うだけじゃ、もっと悲しくなるだけですもんね。まるでこの議論は、ライオンとシマウマの会話のようです。
ライオンがいくらシマウマを好きで、友達になりたくても、「戦え」って言うばかりじゃ嫌われちゃいます。たしかに、「戦え」ってのはライオンの論理。シマウマにはウケが悪そうです。ライオンは考えなおしてきます。
……ただね。ぼくはやっぱり、戦ってほしいというか、最後まであきらめないでほしいです。シロイさんを救ったのは運だったのかもしれないけど、努力の価値がゼロだったわけじゃないですよね。ぼくは、この世界が、努力をしたら報われる世界であってほしいんです。
だからシマウマには、努力してほしい。力いっぱい逃げてほしい。運じゃない。最後まで諦めないで。
あの、ぼく、この件についてあれこれ長く書いちゃいましたけど、本当は「シロイさんは薄汚くない」って言いたかっただけです。シマウマにはシマウマの戦い方があって、それは走って逃げることですよね。それは薄汚くなんかないです。ライオンと対峙する必要なんかないもの。
「ノー」と言う必要すらないし、嘘を付いてもいいです。最悪は体を差し出してもいい。だって、それがシマウマの戦い方ですから。自分を責めてほしくない。それはあなたも言っていることです。たとえ屈したとしても、自分を責めないでほしいと。あなたの恥ではないです。
# 「考えなおしてきます」と書いたところでやめとくべきでした。長いコメントごめんなさい。お返事はいらないですよー。

とおりすがりとおりすがり2010/12/31 19:41警察には情報提供しましたか?

名無し名無し2014/01/28 12:05トニー・シモノーで画像検索してみてください。

あなたと一緒にいた外人がシモノーに似ていませんか?

JasonglymnJasonglymn2017/01/25 04:24печать каталогов киев http://wkrolik.com.ua/products/kalendari

2006-06-25

[]人間は進化する 人間は進化する - ケーキ屋は閉店後 を含むブックマーク


今にして思えば、あれはきっとシャンプーの香りだったのだと思う。君は香水をつけるタイプじゃなかったから。


ぼくは記憶力が非常に良くて、人にもよく褒められる、だからずっとそれは、自分の美点のひとつなのだと思っていた。

夏の日、ぼくは一人で映画を見ていた。タイトルも覚えている(ほら記憶力が良いって言っただろ)、『悪魔のような女』。

シャロン・ストーンイザベル・アジャーニが共演したあの映画だよ、昔むかしのヒット作をリメイクしたという話だった。シャロン・ストーンイザベル・アジャーニもとても綺麗だったけれど、ぼくは正直、少し退屈していた。早く終わらないかな、とぼくはぼんやりと考え、腕時計に目を走らせようとして、暗闇の中では文字盤が読み取れないことに気がつき、思わず軽く舌打ちをした。

その時、闇の中をあの香りが漂った。

ぼくは思わず顔を上げた。この香りには覚えがある。そんなことはあり得ないけれど、でもこれはひょっとして、君の香りじゃないだろうか?


外界の情報を得るとき、ぼくたち人間は、圧倒的に視覚に頼っているらしい。そして、その次が聴覚。触覚や嗅覚、味覚はごくわずかな割合で働くだけ。

だからなのだと思う、ぼくらはなにかを思い出すとき、まず映像から思い出す。例外はあるものの。

例えば、誰かのことを思い出すとき、顔は思い出せるけど、どうしてもその声は思い出せない、ということはよくあるだろう? その逆はあり得るけれど、ずっと少ない。大抵の場合、ぼくらが誰かの声を思い出せるときは、その顔だって思い出せるものなんだ。

そして、ここからはぼくの思いこみに過ぎないのかもしれないけど、ぼくらがだれかの匂いを思い出すとき、ぼくらは大抵、その人にまつわる全てを思い出せる。それも匂いから思い出せる誰かというのは、映像から思い出せる誰かよりも、ずっと鮮明で強烈なイメージを持っている気がする。

もしかするとこれは視覚の優位性や、ぼくらが普段嗅覚を用いないで生活していることとは無関係なのかもしれないけどね。だって、その人の匂いが覚えこめるような誰かというのは、その人の顔かたちしか覚えることができないような誰かよりも、ずっと親しい間柄の人であるはずだから。その親密さが、記憶を鮮やかに引き出すのかもしれないけれど。


あの夏、映画館の闇の中で漂ってきた君の香りに、ぼくはすっかりうわの空になって、映画なんてどうでもよくなってしまった。

君がいる。同じ闇の中、きっとそう遠くはないどこかに、君が座っている。おそらくは映画が終わって場内が明るくなった時に、僕をみつけて声をかけるために。

暗い画面の中をクレジットが流れ、スクリーンを幕が覆ってしまうまで、ぼくはじっと座っていた。君が映画をみるときは大抵、スタッフロールが流れ終わるのを待つことを知っていたから。それからぼくは立ち上がり、君を探した。

君は見つからなかった。すっかり明るくなった場内にも、映画館ロビーにも、太陽が照らしつける外の大通りにも。ぼくががっかりしてもう一度映画館の中に戻ってきたとき、すれちがった何人かのにぎやかなグループから、君の香りがぼくのほうに向かって流れてきた。ぼくは思わず振りかえり、彼らの行方を目で追った。

そうだったのか、とぼくは落胆しながら思う。どうやら君が使っているシャンプー(だと思うのだけど)は、そうめずらしい銘柄ではないようだ。あの中の誰かが、君と同じ香りをさせていたようだから。

考えてみれば、君があの場所にいるはずもなかった。あの夏の一月半、ぼくらは遠く隔たった場所で生活していたのだから。


あの夏、ぼくは何度も、君と同じ香りの誰かに翻弄された。頭では分かっていても、君がぼくの近くにいるはずなどないのだと理解していても、ぼくは何度も香りに惹かれて君を探した、様々な場所で。すれ違うたくさんのひとたちの中から、君と同じシャンプーの香りだけを嗅ぎわけることができるなんて、嘘みたいだと、自分で思った。その夏の日まで、ぼくはそれほどまでに鋭い嗅覚を、持ったことがなかったから。


生物は進化する。人間も進化する。必要に駆られてのことだと、ぼくは思う。あの夏、君と離れて暮らす一月半はほんとうに長かった。耐えられないくらいに。ぼくの五感は鋭くなった、ぼくの記憶力は以前にもまして冴えるようになった。それらはすべて、君を懐かしむためのもの。君を思い出して、長い長い夏の日を、君に会えない夏の日を、なんとか過ごすためのものだった。


夏が終わり、秋が過ぎて、冬が来た。

ぼくは何度も鏡を見るようになった。どうということのない平凡な顔が、鏡の中からぼくを見返す。黒くまっすぐな髪、大きくも小さくもない目、特徴をあげることもできないようなごくふつうの鼻と口。けれどもこの顔を見ることを、君は以前好んだものだった。ならばこの顔のどこかに、君が好んだナニカがあるはずじゃないか? 

そのナニカを、どうしてぼくは見つけることができないのだろう。

もしかするとぼくは、君が好んでくれたナニカを、なくしてしまったのだろうか。長い夏のどこかで、通り過ぎた場所のどれかで、ぼくはナニカを落としてしまった?

君がぼくに執着を見せることをやめたのは、だからなのか?

君はぼくを拒絶して、ぼくにはそれが何故だかわからなかった。わからなくても時は過ぎる。傷は癒えていく。


ある人がぼくに恋を告げた。ぼくのことを好きだと言った。嬉しくもあったし、不思議でもあった。ぼくはその日、家に帰って、再び鏡を覗きこんだ。もしかしたら、君が好んでくれたナニカを、見出せるのではないかと期待して。そこには代わり映えのしないぼくの、つまらない顔があるだけだったけれど。

ぼくは自分がすでに立ち直ったことを確信する。君のことを思い出しても、もはや心臓を冷たい手で握り締められたような気持ちになることはない。口の中に苦い味が広がることもない。新しい恋が訪れれば、すべては変わっていくものなのだろう。新しいあの人を好きになるべく努力することを、ぼくは誓う。


二月の末、ぼくは偶然、君と同じ車に乗らなければならない用事ができた。ぼくはどきどきしながら、君の顔をそっと見た。君の表情は変わらない。そして喜ばしいことに、ぼくの心も平静を保っている。嬉しくてぼくは、思わず微笑む。

ぼくは後部座席に乗り込む。君は前の席に滑りこむ。そして最後にもう一人、やはり前に乗り込む、ぼくのよく知らない人が。車が走り出し、前の座席の2人は、仲良く話し始める。ぼくは気楽な気持ちで黙っていた。前の座席に座る二人は、似合いの男女に見える。ぼくの心は動かない、そのことにぼくは安堵の息を洩らす。けれど。


信号が赤に変わり、車が止まる。別に急ブレーキをかけたとか、そんなことがあったわけではない。でも車がほんの少し、揺れたのは確かだ。その揺れがきっかけとなって、狭い車中に君の香りが不意に広がり、やわらかく、車中を満たした。

ぼくは自分の記憶力が良いのは美点なのだとばかり思っていた、その時までは。


思い出してしまった。

色素の薄い君の髪が、どれほど優しくぼくの指にからみついてきたのか、そのことを。

思い出してしまった、君の首筋の白さを。肌のやわらかさ、なめらかさ、あたたかさを。

君の目を。そこに浮かんでいた光を。君の目がぼくの動きを追ってくれたこともあったのだという、そのことを。

ぼくの目が貪った、君のことを。指を、髪を、肩を、唇を、背中を。君だけのかたちを、君だけの動きを。


君は痩せていて、動作がしなやかで、まるで猫のように見えた。君の声は低いほう、ささやくとき、なんともいえない深みを帯びる。君のあの言葉、君がぼくのほうに手を伸ばすときの様子、ぼくの頬を君の青いシャツが撫でたときのこと。君の部屋、あのポスターとグレイカーペット

そしてなによりもあの香り。夏、ぼくが君を捜し求めるよすがとしたあの香り。

君の笑い方も、君の話し方も、君の言葉の選び方も、みんなみんな好きだったよ。でもなによりも好きだったのは、そんなふうに笑える、そんなふうに話せる、そんなふうに言葉を選ぶことのできる、君自身だった。

好きだった?




ガウ、ホントハ、今デモ好キダ。


ぼくは息苦しくなって、胸に手を当てた。記憶が今までにない鮮やかさでぼくを圧倒する。

傷は癒えた筈だったのに。痛むことなど、もうないだろうと、信じていたのに。


君は気づかない、ぼくを見ることすらない。自分がぼくに及ぼした影響を、君が知ることはないのだろう。でもそれでいいんだ、それがぼくの望みでもあるんだから。

その日の夜、ぼくが部屋でほんの少し泣いたことを、君は知らない。




そしてそう、時間は経つね。望むと望まざるに関わらず。

ぼくの五感が進化したのは、もうずいぶん前の話だ。今ではぼくは、君のことを思い出すことすら稀なんだ。君がぼくのことを忘れてしまったように、ぼくも君のことを忘れた。

それでいいのだとは思うけれど、ときどき少し寂しくなるのも確かだ。ぼくの君に関する記憶は、今ではとても曖昧になってきている。進化したはずのぼくの記憶力はずいぶん後退してしまったようだ、仕方のないことだけど。

ねえ、ところで。君は知っているかな、広い意味では、退化も進化に含まれるのだということを。能力が衰えてしまうこと、それも進化の一種なんだよ。

生物は進化する。人間も進化する。必要に駆られてのことだと、ぼくは思う。だからきっと退化も、必要に駆られてのことなのだろう。衰えるべき力、そのままでいてはならない能力が、世の中には存在するんだ。

ぼくは今では。


君の香りを、思い出せない。